世界一温かい教室を目指して

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1554 前に立つときづけること

セミナーで模擬授業をする機会をいただいています。前に立って、実際にやるとわかることがあります。


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今回のじげもんセミナーでわかったことは、最初に明確かつ具体的なねらいを決めることの大切さと布石を打つとはどういうことなのかということである。


結論を言うと、ねらいが明確に定まらないと布石は打てないと言うことである。


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ねらいとはゴール、布石はそのゴールにたどり着くまでの目標というようなイメージ。


1カ所のゴールにたどり着くまでにいくつかの目標を辿っていかなくてはならない。


目標への向かい方が、発問によるものなのか、活動によるものなのか、それはケースバイケースで考えればいい。


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活動だけが一人歩きしてしまうのは、ねらいが明確でないか、50分という時間でできることを超えているからではないか。そんなことを思う。


活動を取り入れなきゃと思って取り入れる活動でいけないということ。


ゴールまでの過程にある目標にたどり着き、そこを超えていくための活動でなければならない。


これは、発問でもそうで、最終的なゴールはどこで、そのゴールにたどり着くまでに通過しないといけない目標は何か、それをどうやったら超えていけるかを意識してつくらなければいけないと思う。


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ゴールが決まっていると、この布石を打つことが少し簡単になるようなきがする。


ねらいを明確かつ具体的に決めて、布石を打っていく。そういうことにやりながら気づけた。


言葉で教えてもらうのではなく、あぁ、布石をうつってこういうことなんだな、あぁ、ねらいを明確にするだけで授業づくりはこんなに変わるんだなと感じた。この感じるということがそういうことなのかという気づきにつながっている。教えてもらうのではなく、やる中で気づく。それが、固い基礎になる。この感覚は実際にやらない人には分からないはずである。


どんなにわかりやすく教えてもらっても、実際に手を動かしていないと、言葉としての理解、理論としての理解で終わってしまう。何もできるようにならない。実践者としてはそれではダメ。自分はそう思う。まぁ、その段階で満足する人もいるかもしれないけど、自分はできるようになりたいと思う。


去年、月に1本の小さな道徳を作ることを自分に課した。できるようになりたいと思ったからである。その時にもやっていく中で気づくことはあったけど、今年は、またちょっと違う気づきがある。言葉で教えてもらったことが、手を動かすことで、実感を伴ってなるほどそういうことかと思えるようになったと思う。少しきついことを自分に課しているけど、この負荷が良い方向に働いていると思う。


そういうことを感じた今回のじげもんセミナーだった。


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次に向かってまた頑張ります。