1662 「ただ楽しいだけの時間」を取り入れる

自分自身の授業の中に足りないもののひとつに、「ただ楽しいだけの時間」がある。


どうしても授業なので、す生徒の活動や教師の発言など50分間の全てに知的な意味づけができないといけないと思ってしまう。


もちろん、それは当たり前で、なんらおかしいことではない。しかし、知的な面白さや楽しさだけではいけないとも思う。


自分自身の授業を振り返った時に「ただ楽しいだけの時間」がないなと感じる。相手は中学生といえども子どもである。授業の中に「ただ楽しいだけの時間」が少しあってもいいのではないかと思う。


そのたった3〜5分の「ただ楽しいだけの時間」が、残りの47〜45分の知的な時間を有効なものにさせると思う。


生徒全員が全員知的なことだけの授業を求めているわけではない。(国や県、市などは求めるだろうが)学びがきちんとあれば、楽しい時間があってもいいのではないか。そんなことを思う。


楽しいと思えないものに、子どもたちが魅力を感じることはないだろう。それは、大人も一緒。夢中になる、自分から学習する、そこには楽しさがある。その楽しさを知的なものとそうでないもので構成すると、もっと生徒たちは社会科の時間を楽しめるのではないのか、そんなことを考える。比率は重要だが。


主体的・対話的で、深い学びは大切。でも、日常の授業ではこういうことも大切。


少しずつ、授業改善をしていく。