明日の道徳科の授業構想を行ってきました。ノートやパソコン・タブレット上に発問や活動、ねらいなどを書き出したり、メモしたりする方もいると思いますが、私は裏紙を使っています。
きれいなノートに書くとき、どうしてもきれいに書こうとしてしまいます。頭に浮かんだことを少しでも整理しながら書く感じです。これが悪いことではないのですが、頭に浮かんだことはすぐに書き出さないと忘れてしまうことが時々あります。きれいに書くことよりも自分にしか読めない字でいいので、忘れないうちに書き出す必要がある時があります。その中で思考が活性化され、発問や授業構成が浮かんできます。これを逃したくないのです。だから、きれいに書くことを気にせず書ける裏紙を使っています。あとは、これをやるならばコスト的にも裏紙の方がいいです。
では、タブレットなら先ほど述べたことをクリアできるからいいと思われるかもしれません。しかし、タブレットは、画面のサイズ以上には思考空間が広がらないので、扱いやすさの面であまり好んで使っていません。すぐに、あれ、さっき何考えてたっけ?と見直せるところがタブレットにはない裏紙の良いところです。アイディアは浮かんでもすぐに消えていくことがありますから、そうならないようにすぐにさっきのアイディアを見ようと操作できる裏紙を使っています。
現在、様々な物のデジタル化が進んでいますが、現段階では、この裏紙活用法が、私の中では1番思考を活性化させてくれます。デジタルやノートが悪いわけではないです。自分に合ったやり方をみつけられるのが1番いいことです。それが、私の場合はタブレットでも、ノートでもなく裏紙だったということです。