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1890 指導略案指導②

出勤後、教頭先生に明日の社会科の指導略案の指導をしていただきました。


大きくは以下の5点です。

①めあてとまとめを略案の指導過程の中に書くこと。

②指導過程は、それを見たら、子どもたちが何をするかわかるように書くこと。

③指導過程をもっとまとめて、簡潔に書く。

④題材名・ねらい・指導過程のみ書く。

⑤評価の観点を書き入れる。


その後、校長先生に指導をしていただきました。


大きくは下記の3点です。

①ゴールイメージを持つこと

②中心(ゴール)を考えてから導入を考えること

③1つ活動であれもこれも評価しようとしないこと。


指導を受けた後、略案の文章が読みやすくなりよかったです。校長先生の指導の中では、自分の中で明確になっていなかったこと、例えば、この活動でどうやって社会的思考を評価するのか?などについて考えさせられました。甘かった部分を指摘してくださったことに感謝です。


しかし、指導を受けて困ったこともありました。


それは次の2点です。

①お2人が言うことが違うこと。

→教頭先生から指導を受けて書き直した指導案を校長先生に持っていき、指導を受けました。それが教頭先生が直すように言われた部分だったのです。ある程度の部分でどの先生も共通の認識を持っているのでしょうが、書き方などは個人によって違うのではないのかと思いました。指導してくださる方が変われば、同じ部分についても、指導は変わると思います。


②ねらいの語尾を変えられたこと。

→例えば、〇〇を知るとしていたところを、〇〇を考えるとされました。知ると考えるでは授業の中での学習活動などが変わります。1つ変えることで、全体笑変える必要がある時もあります。


結論ですが、指導案って必要なのでしょうか?そんな疑問が生まれました。もし、絶対に必要なものなら、毎時間書くべきだと思います。しかし、研究授業などの機会にしか書いていないのが現実だと思います。


正直、今の私の認識では、指導案がこの世から無くなっても困りはしません。授業に大きな影響はないと思います。よく、思考の整理や参観用のツールとしての機能などが必要性の理由として挙げられますが、それらは他のものでも代替できます。


「指導案の必要性」ちょっと考えたい問いです。


別に絶対書きたくないとかそういうことではありませんが、指導案を書くことと、指導案検討などに時間をかけることに、今の私の認識では価値を感じられないということです。


今後、様々な人の考え方や経験をしていくことで、この考えは変わるかもしれませんが。