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1660 教える内容と教え方

有田和正先生の本を読んでいる。読破したので、感想は明日の記事で書こうと思う。この本の中で、有田先生が『学力が危ない』(岩波新書)から次の一文を引用されていた。


(引用開始)


教師は教え方のプロではあるが、教える内容のプロではなくなってしまっている。


(引用終了)


この一文を引用された後に有田先生が次の一言を書かれている。


(引用開始)


教える内容をもっていて、始めて教え方の工夫ができるのだ。


(引用終了)


最近、授業を創る段階で痛感していることがそのまんま書かれていた。


これまで、様々なセミナーに参加したら、教育書を読んできた。そこで学んだことのほとんどは教え方なのであったと、講師をやり始めて2が月がたったくらいの今、気づいた。


セミナーで示される授業のつくり方や実践技術は、教える内容を書く教師が深く知っているという前提で展開されている。


つまり、教える内容については、各教師がよく理解して知っているけど、それを生徒に教える時、授業する時にうまくいかないから、授業の創り方や実践技術を教えますというものである。


もちろん、教える内容のについての提案や主張もあるが、どうしても、教え方、授業の創り方に目がいってしまう。


その結果、指導法ありきでの授業創りを行っていた。技術は目に見える。言葉として聞こえる発問の一つ一つや、指示の一つ一つは耳で聞こえる。だがら、それがどうしてそういう技を考えられるのか、どうしてそういう発問を考えられるのか、指示を出せるのかという部分に意識がいってしまう。そして、その技術で子どもが授業にのっているから、発問でよく考えるから、指示できちんと動くから、なおさら、目に見える教え方の部分に意識がいってしまう。


しかし、その発問や指示、実践技術は全て素材研究と教材研究(教える内容を教師が深めること)があって、機能するのだと思った。


野口芳宏先生が主張されている、素材研究50%・教材研究30%・指導法研究20%の大切さを理解できた。


指導法をたくさん知っていること、創り出せることはたしかに大切なことである。ないよりある方がいい。少ないよりも多い方がいい。これは間違いない。目の前の子どもによって機能する指導法は変わる。


しかし、素材研究と教材研究で身につけた知識や理解は目の前の子どもが変わろうと変える必要がないことである。


変えなくて良いものは素材研究と教材研究で得られた教える内容。


変えなければいけないものは、指導法という教え方。


今の自分に必要なことは、教える内容をもっと正確に理解して、深め・広げること。素材研究・教材研究という教える内容の勉強に充てる時間をもっと増やしていこうと思う。